1. 被相続人(亡くなった人)の預貯金は勝手に引き出さないほうがいい
被相続人の預貯金を勝手に引き出すと、以下のような問題が生じます。
(1) 他の相続人との間でトラブルになる
被相続人の預金は、「可分債権」です。可分債権は通常は、相続があったことで自動的に分割されます。
しかし、最高裁判所の判例によって、可分債権のうち預金債権に限っては遺産分割の対象になるもの(自動的に分割されない)とされています。
被相続人の死後に、被相続人の口座から勝手にお金を引き出すことは、遺産分割前の相続財産を勝手に処分することであり、後にトラブルとなる可能性が非常に高い行為といえます。
また、被相続人が亡くなる前に預貯金を引き出すことも控えたほうが良いです。
(2) 相続放棄ができなくなる
被相続人に借金があるなどの理由で、相続人が相続放棄を希望する場合があります。
相続放棄をした場合、財産も借金も全く相続しません。ただ、相続放棄の前に被相続人の財産を処分してしまうと、相続を単純承認したとみなされて相続放棄ができなくなります。
相続放棄後に財産を隠匿したりひそかに消費したりした場合も同様です。
被相続人の預貯金を引き出してしまうと、相続財産を処分またはひそかに消費したと捉えられ、相続放棄したくてもできなくなる可能性があります。
被相続人の死亡によって相続が開始したら、まずは金融機関に相続が開始した旨を報告しましょう。そうすることで口座が凍結され、他の相続人も預金を引き出すことができなくなるので、トラブル防止に資することになります。
2. 被相続人の預貯金を引き出せるケース
口座が凍結された後は、以下の場合に被相続人の預貯金を引き出すことができます。
(1) 遺言がある
被相続人が、特定の預貯金について特定の人に相続させる旨の遺言を残していた場合には、その人は預貯金を引き出せます。
ただし、他の相続人に遺言無効を主張されたり、遺留分の減殺を請求されたりする可能性はあります。
(2) 貯金の仮払い制度を利用する
預貯金の仮払い制度とは、遺産分割協議成立前であっても、被相続人名義の預貯金のうち一定の金額を、法定相続人が引き出せるという制度です。裁判所を介した手続きは不要です。
出金できる金額の上限は、以下のうち低いほうです。
- 相続開始時の預貯金の額 × 1/3 × 引出しをする相続人の法定相続分
- 150万円
これらの基準は、金融機関ごとに適用されます。
また、預貯金仮払い制度によって引き出したお金は、引き出した相続人が遺産の一部分割によって相続したものとみなされます。
預貯金仮払い制度を利用するには、一般的に法定相続情報一覧図や申請書、相続人の身分証明書等が必要となります。必要書類については各金融機関に確認することをおすすめします。
(3) 預貯金債権の仮分割の仮処分を利用する
家庭裁判所で遺産分割の調停・審判が行われている最中に、家庭裁判所に申し立てて審判を得ることにより、相続財産である預貯金の全部または一部を仮に取得できる制度です。
家庭裁判所が仮に取得することを認めた金額を引き出すことができます。
ただし、引出しが認められるのは、必要性があり、かつ、他の相続人の利益を害しない場合に限られています。
仮分割の仮処分によって引出しを行う場合は、審判書の謄本などが必要となります。これについても、必要書類は各金融機関に確認していただくことになります。
(4) 遺産分割協議書(調停・審判)がある
相続人間で遺産分割協議が成立し、遺産分割協議書を作成した場合や、調停調書・審判書がある場合は、それらに預貯金を相続する旨の記載がある相続人が預貯金を引き出せます。
手続きには、遺産分割協議書等の他、法定相続情報一覧図等が必要となります。詳しい手続きについては各金融機関に確認することになります。
(5) 相続人全員の合意がある
相続人全員の合意がある場合は、遺産分割協議成立前であっても、各金融機関の所定の手続きを取ることで、預金口座を解約したり、預金を引き出したりできます。
3. さいごに
預貯金に限らず、相続開始後に被相続人の財産を処分する場合は注意が必要です。
相続について不安のある方は、お早めに弁護士までご相談ください。
(文責:弁護士 辻佐和子)