1. 遺言は無効になるかもしれない

遺言は、それを作成することによって特定の人に特定の遺産を取得させることができる、重大な効果をもつものです。そのため、遺言の有効性は慎重に判断され、法律で定められた条件を満たしていなければ無効と判断されることもあります。

以下では、遺言の無効となる2つのパターン(①方式違背、②本人の意思による遺言でないこと)について説明します。遺言の有効・無効のどちらを主張したい人にとっても役立つ内容です。

2. 遺言の方式に違反した(方式違背)ことを理由とする遺言無効主張

(1) 遺言書作成の方式

遺言は、法律に定める方式に従わなければすることができないと、民法に定められています(民法960条)。これらの方式に従わずに作成された遺言は無効です。法律に定める方式は、遺言書の種類によって異なっています。

① 普通方式の遺言書

ア 自筆証書遺言

自筆証書遺言は、最も簡単に作成できる遺言になります。自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、遺言内容の全文、日付、氏名を自書し(代筆やパソコンは不可です)、自身の印鑑を押印する必要があります(968条1項)。

遺言の存在自体を秘密にすることができますが、紛失・偽造などの危険があり、遺言の効力が問題となることが多々あります。

イ 公正証書遺言

公正証書遺言は、公正証書で作成される遺言書です。公正証書遺言によって遺言をするには、①証人2人以上の立会いのもとで、②遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授し、③公証人が遺言者の口述を筆記し、これを遺言者および証人に読み聞かせ、または閲覧させ、④遺言者および証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名押印し、⑤公証人が、その証書が以上の方式に従って作ったものである旨付記して署名押印する必要があります(969条)。

公正証書遺言は、公証人の面前で作成するので、変造・毀滅の危険もありません。また、公証人が関与するため、効力が問題となる危険性も少なくなります。さらに、自筆証書遺言と異なり公証人が遺言者の口述を筆記するため、自筆することができなくても遺言書を有効に作成することができます。

ウ 秘密証書遺言

自筆証書遺言は、公証人や証人の前に封印した遺言書を提出して、遺言の存在は明らかにしながら、遺言の内容を秘密にして遺言書を保管することができる遺言です。秘密証書遺言によって遺言するには、①遺言者が遺言証書に署名、押印し、②遺言者がそれを封筒に入れて封じ、遺言書に押印したものと同じ印章で封印したうえ、③遺言者が公証人1人および証人2人以上の前に封書を提出し、自己の遺言書であることと、自らの氏名および住所を申述し、④公証人がその遺言書を提出した日付および遺言者の申述を封紙に記載したのち、遺言者および証人とともにこれに署名押印する必要があります(970条)。

② 特別方式の遺言書

特別方式の遺言書とは、普通方式の遺言書とは違い、もうすぐ他界してしまうなどの緊急事態に置かれた人が書く遺言書になります(983条)。この方式の遺言書には4つの形式があります。

ア 死亡危急者遺言

死亡危急者遺言は、疾病その他の事由によって死亡の危急に迫ったものが遺言しようとするときに用いられる方式です(976条)。死亡危急者遺言をするには、3名以上の証人の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、口授を受けた者はこれを筆記し、遺言者および他の証人に読み聞かせ、または閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後に、これに署名押印する必要があります。

死期が迫っていて自ら署名押印ができず、通常方式の遺言が困難な場合に行う遺言です。

イ 伝染病隔離者の遺言

伝染病により隔離されたものの遺言です。伝染病隔離者は、立会人として警察官1人と証人1人以上の立会いをもって、遺言書を作ることができます(977条)。

ウ 在船者の遺言

船舶中にある者の遺言です。船舶中にある者は、立会人として船長または事務員1人と証人2人以上の立会いをもって、遺言書を作ることができます(978条)。

エ 船舶遭難者の遺言

船舶遭難の場合に、船舶中にあって死亡の危急に迫った者がなしうる遺言です。死亡危急者遺言より方式は簡易になっており、証人は2人でよく、証人2以上の立会いをもって、口頭で遺言をすることができます(979条)。

(2) 方式違背で遺言の効力が争われる場合

上記のとおり、遺言の作成方式は法律によって定められており、これに違背すると、遺言書の効力が認められないことになります。実際に、方式違背を理由に遺言の効力が争われる場合には、以下のようなものがあります。

① 他人の添え手による遺言の場合

自筆証書遺言では、「日付」と「氏名」を自書し、「捺印」しなければ無効となります。

病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言の効力に関して、最判昭和62・10・8(民集41巻7号1471頁)は、①遺言者が証書作成時に自書能力を有し、②遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、③添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、「自書」の要件を充たすものとして、有効となるとしました。

② 年月日の特定がない場合

日付の記載により、年月日が特定されなければいけません。

例えば、年月のみで日にちの記載がされていない遺言(最判昭和52・11・29裁判集民122号271頁)や、昭和41年7月吉日と記載された遺言(最判昭和54・5・31民集33巻4号445頁)、月日のみが記載された遺言(東京地裁平成26・4・25金融法務1999号194頁)を、日付の記載を欠き無効と判断した裁判例があります。

③ 証人の立会いがなかった場合

公正証書遺言には、2人以上の証人の立会いが必要とされています。

証人の立会いが、すでに公証人による筆記がなされた後、筆記を遺言者に読み聞かせる段階に進んでからであり、証人の立会い後に遺言書による口授があったとは認められない場合には、証人の立会いを欠くものとして無効とされた事例があります(最判昭和52・6・14裁判集民121号1頁)。

④ 公証人に対する口授がなかった場合

公正証書遺言では、遺言者から公証人に対する口授が必要とされており、口授とは、遺言者が直接交渉人に対して遺言の内容を口頭で述べることを言います。

過去の裁判例には、遺言内容について発言がないことから口授が否定された事例(東京地裁平成5・5・25判タ849号230頁)、判断能力がなく口授能力が否定された事例(東京高判昭和57・5・31判時1049号41頁)などがあります。

(3) 方式違背が争われた場合の立証方法

遺言書の方式違反が疑われる場合には、以下の証拠などを集めて立証をしていきます。

① 筆跡鑑定の結果

本人の自書か否かの判断においては、筆跡鑑定の結果が用いられることがあります。

例えば、遺言書の筆跡と、遺言者の他の筆跡を比較し、鑑定を行ったりします。筆跡鑑定を行う場合には、遺言書以外の筆跡を確保する必要があります。過去の裁判例では、遺言者の前年の年賀状を鑑定対象として、自書を認めた事例があります。

しかし、高齢や病気による筆圧や署名のくせの変化により、遺言作成当時の筆跡が、他の残されていた筆跡と異なる事情がある場合もあり、筆跡鑑定の結果のみが決め手となるわけではありません。

② 医療記録や介護記録の記載内容

本人の自書か否かの判断や、公証人に対する口授の有無等の判断に際しては、遺言者の医療記録や介護記録の記載内容が重要な証拠となることがあります。

遺言者が、遺言書作成当時に、どのような医療サービスや介護サービスを受けていたかによって、遺言者の意思や能力を把握・推測することができることがあります。遺言書の方式違背が争われる場合には、役所や医療機関から医療記録や介護記録を取り寄せることも検討します。

3. 遺言が本人の意思によるものでないことを理由とする遺言無効主張

(1) 遺言書の偽造を理由とする遺言無効主張

① 偽造された遺言書の効力

遺言書が偽造された場合、その遺言内容は遺言者の意思ではないので、遺言は無効となります。

② 遺言書を偽造した人はどうなるの?

ア 遺言書を偽造した者は遺産を受け取れない

相続人が遺言書を偽造した場合、相続権を失う欠格事由(民法第891条5号)に該当します。つまり、遺言書を偽造した相続人は、相続人として扱われなくなります。

その場合は、遺言書を偽造した相続人の子が、代わりに相続人と扱われることになります(民法887条2項)。

なお、相続欠格事由は、受遺者としての地位も欠格となると考えられています。遺贈された財産も受け取れなくなるのです。

イ 刑事罰を課せられる可能性がある

遺言書を偽造する行為は、有印私文書偽造罪(刑法第159条1項)に該当してしまいます。

③ 偽造が争われた場合の立証方法

遺言書の偽造の有無が争われる場合、主に以下の点が考慮されます。

  • ア 筆跡
  • イ 遺言書の体裁
  • ウ 遺言の内容及び経緯
  • エ 発見状況
  • オ 自書能力

以下で1つずつ説明します。

ア 筆跡

遺言書の筆跡について、遺言者の手紙やメモ等から筆跡の同一性を争っていきます。

重要な点は、遺言書の作成時期と近い時期に作成された筆跡と対照することです。専門家に私的筆跡鑑定を依頼することもあります。

イ 遺言書の体裁

遺言書の用紙、印鑑(使用された朱肉)、言葉遣い等、遺言書の体裁の不自然な点を争っていきます。

例えば、遺言者が重要なことをメモしている用紙を利用した遺言は、本人が作成したことを推認させる事情となります。

ウ 遺言の内容及び経緯

遺言書の内容や経緯が不自然な場合、遺言書が偽造されたことを推認させる事情となります。

例えば、日頃から面倒を見ている相続人がいるにもかかわらず、全く面倒を見ていない相続人に全ての遺産を取得させる内容です。

エ 発見状況

遺言書が発見された状況も重要な考慮要素となります。例えば、生前の遺言者と接点のない方が遺言書を預かっていたり、通常遺言書を保管しないような場所で遺言書が発見されたりした場合には、遺言書が偽造されたことが推認されやすくなります。

オ 自書能力

遺言作成時に、遺言者が自書できる状況にあったかどうかも考慮されます。例えば、遺言者が事故等で手を動かすことができなかった場合は、遺言書が偽造されたことが推認されやすくなります。

以上が遺言書の偽造に関する主な考慮要素となります。基本的にはこれらの要素を全て考慮して、遺言が偽造されたかどうかが判断されます。一つだけ該当しても、偽造だとは判断されない場合が多いのでご注意ください。

(2) 遺言者に判断能力が無かったことを理由とする遺言無効主張

① 有効な遺言を作成するために必要な能力

遺言を作成する際、遺言の作成者には十分な判断能力が求められます。

民法上具体的な規定があるわけではありませんが、「遺言当時、遺言内容を理解し遺言の結果を弁識しうるにたる能力」(いわゆる遺言能力)が必要だと言われています。

そのため、認知症などの精神疾患を抱えている等の事情によって上記の遺言能力が失われている場合、遺言が無効と判断される可能性があります。

② 遺言能力を欠いて遺言が無効になる場合

ア 15歳未満の人が遺言を作成した場合

民法上、15歳に達した人は遺言をすることができると規定されています(民法961条)。

そのため、15歳未満の人は遺言能力が認められておらず、遺言を行ったとしても無効になります。

イ 精神疾患等が原因で遺言能力を欠いている場合

遺言の無効が主張される事件の大多数は、遺言者が高齢者で認知症だったケースです。しかし認知症の他にも、統合失調症や意識障害(せん妄)、加齢による判断能力の欠落があった場合にも、遺言能力を欠いているとして遺言が無効になる可能性があります。

また、認知症等が原因で遺言者の判断能力が低下し、成年後見人が選任されていた場合は、事実上、遺言能力が無かったと判断される可能性が高いです。ただし、一時的に本人の判断能力が回復した場合には、医師2人以上の立ち会いの下であれば有効な遺言をすることができると定められています(民法973条1項)。

③ 遺言能力が争われた場合の立証方法

遺言能力があったのかどうかの判断は、最終的には裁判官がすべての事情を総合的に判断して決めることになります。より具体的には以下の通りの判断プロセスを経ることになります。

ア 遺言能力を欠いていたと認定されるためのプロセスと主張方法
(ア) 精神的疾患等の特定

上述の通り、遺言能力を欠いていると認定されるためには、認知症や統合失調症、意識障害(せん妄)、加齢による判断能力の欠落といった精神的疾患等が遺言当時に存在していたことが原則的として必要になります。

そしてこのような事実があったことを認めてもらうためには、遺言を行った当時、上記の精神的疾患の診断が医師から行われていたかどうかが重要になってきます。具体的には、遺言者が生前に入通院していた病院からカルテ等の医証を取り寄せることが必要になります。

(イ) 精神的疾患等の程度が重度であったこと

カルテの医証を取り寄せ、遺言者が遺言を行った当時に上記のような精神疾患等があると医師に診断されていたことが確認できた後は、その精神的疾患等が、判断能力が欠落していたと判断できるほどに重度のものであったかどうかを検討する必要があります。

ⅰ遺言当時の具体的状態

取り寄せたカルテの内、看護記録の内容を確認して、遺言を行った当時の遺言者の状況を確認します。具体的には、遺言当時、遺言者が意味不明な言動をとっていたかどうか等、精神的疾患等が重度のものであったことが裏付けられる事情がないかどうかを確認する必要があります。

遺言者の当時の言動を確認する上では、介護施設に入所していた場合にはカルテ等の他に介護施設での記録を取得することもあります。

ⅱ重度であったことを示す他の有益な証拠

認知症であれば①長谷川式簡易知能評価スケールといった認知機能障害を大まかに知ることを目的としたテストのスコアが低かったり、②CT画像上脳の萎縮が進んでいたりしたという事情があれば、遺言能力がなかったことを推認させる事情となります。これらを示す資料を取り付けて確認することも有益です。

これらの証拠に併せて③医師の意見書等があればより客観的かつ有益な証拠になります。

他にも、客観的な資料としては、④要介護認定のための調査結果等も考えられます。

なお、遺言者の当時の状態を知る人による陳述書等も考えられます。(遺言者との関係性にもよりますが、)陳述書等はカルテ等の証拠に比べて客観性が落ちるため、裁判上とても有益な資料とまでは言えないことが多いです。

ⅲ疾患が軽度であったことを推認させる事情

例えば、カルテの中に、遺言者が医師や看護師と問題なくコミュニケーションがとれていたことが分かるような記載があった場合、遺言当時に遺言能力を欠いていなかったと裁判官が判断する可能性があります。

(ウ) その他の事情

遺言者が遺言当時精神的疾患等と診断されていた事情の他にも、①遺言作成当時の状況や②遺言内容の複雑さ、③遺言内容の合理性、動機の有無等の事情も遺言能力を欠いていたかどうかの判断を行う上で斟酌されます。

④遺言能力を欠いていることを理由とする遺言無効の主張はハードルが高い

一般論として、遺言能力を欠いていることを理由とした遺言の無効主張は、判断能力を欠いた状態で行われた売買契約等他の法律行為の無効主張よりも認められにくいとされています。その理由は、遺言者の最期の意思を尊重する必要があると考えられていることや、遺言の効力は遺言者が亡くなって始めて生じるものであって、本人を保護する必要性が高くないこと、などです。

また、証拠が十分に揃わないことが多いため、遺言能力を欠いていることを立証するハードルは高いことが多いのも、遺言無効が認められにくい理由の1つといえるでしょう。

4. おわりに

遺言が無効となるのは以上で説明した場合だけではありません。遺言の内容が公序良俗に違反(民法90条)するなど、民法の一般条項によって無効とされる可能性もあります。

遺言も含め相続に関する問題は複雑なものが多いです。時間との戦いになる場合もあるため、相続でお悩みの際は早めに弁護士に相談されることをお勧めします。

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