遺産を動かしたり使ったりしても、相続放棄できることもあります。個別事案ごとの判断となりますので、悩んだら事前に専門家に相談しましょう。

遺産を処分すると相続放棄ができない

ご家族がお亡くなりになり、相続が発生したとき、相続人の方々は相続を承認するか放棄するか選択をすることになります。

ここで気を付けなければならないのが、遺産を処分すると相続を承認したものとみなされてしまうということです(民法921条1号)。

そのため、専門家は「承認するか放棄するか決めるまで遺産には一切手をつけないでください」とアドバイスすることが一般的です。

確かにその通りなのですが、亡くなった直後の葬儀や遺品整理で困ったことが生じます。

「葬儀費用は被相続人の預金からは出せないの?」

「遺品整理で出てきたゴミも捨てられないの?」

これらの疑問はもっともなことです。実際に裁判でも争われています。そこで、「処分」に当たらなかった裁判例を見ながら、「処分」に当たらない行為は何なのかを解説します。

事例① ボロボロの上着とズボンの処分のケース

ボロボロの上着とズボンを処分したケースです。東京高等裁判所昭和37年7月19日の決定を元にした事案です。裁判所の判断は次のとおりです。

「原審の確定した事実によれば、【相続人】がその元使用人に与えたのは既に交換価値を失う程度に着古したボロの上着とズボン各一着であったというのである。再抗告人はこれを民法第九百二十一条第一号にいわゆる相続財産の処分に該当しないとした原審の判断を非難するのであるが、前判示によれば右古着は使用に堪えないものではないにしても、もはや交換価値はないものというべきであり、その経済的価値は皆無といえないにしても、いわゆる一般的経済価格あるものの処分とはいえないから、前記規定の趣旨に照らせばかようなものの処分をもってはいまだ単純承認とみなされるという効果を与えるに足りないと解するのが相当である。」

相続人が、遺品であるボロボロの上着とズボンを他人にあげたことが「処分」に当たるかが問題となりました。

これについては、上着とズボンが「交換価値を失う程度に」ボロボロだったことを理由として「処分」に当たらないと判断しています。

事例② 遺産の一部を「形見分け」として受け取ったケース

遺産の一部を「形見分け」として受け取ったケースです。山口地方裁判所徳山支部昭和40年5月13日の判決を元にした事案です。裁判所の判断は次のとおりです。

「【相続人A】において、不動産、商品、衣類等が相当多額にあった【被相続人】の相続財産の内より、僅かに形見の趣旨で背広上下、冬オーバー、スプリングコートと【被相続人】の位牌を別けて貰って持帰り、その後申述受理前に更に【相続人B】の願いにより、【相続人A】において、【被相続人】の血縁の者に事情を話して頼み時計、椅子二脚(一脚は足がおれているもの)の送付を受けて、受領したが、右の外に相続財産に手をつけたことのなかったことが認められる。前掲証人の証言中、右認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。してみると、右の事情のもとにおいて、被告等の行為を指して、これが民法第九二一条第一号の処分にあたると考えることは到底出来ないところである。」

相続人が、遺品である衣服や時計、椅子を形見分けとしてもらったことが「処分」に当たるかが問題となりました。

これについては、遺産が相当多額であり、遺産の一部を「形見分け」として受け取ったのであり、他には手をつけなかったため、「処分」に当たらないと判断しています。

ただし、形見分けであっても財産的価値が高いものであれば「処分」にあたる可能性がある点は注意が必要です

事例③ 着衣・財布・所持金を受領したケース

着衣・財布・所持金を受領したケースです。大阪高等裁判所昭和54年3月22日の決定を元にした事案です。裁判所の判断は次のとおりです。

「本件のように行方不明であった被相続人が遠隔地で死去したことを所轄警察署から通知され、取り急ぎ同署に赴いた抗告人ら妻、子が、同署から戸籍法九二条二項、死体取扱規則(公安委員会規則四号)八条に基づき、被相続人の着衣、身回り品の引取を求められ・・・やむなく殆んど経済的価値のない財布などの雑品を引取り、なおその際被相続人の所持金二万〇四三二円の引渡を受けたけれども、右のような些少の金品をもって相続財産(積極財産)とは社会通念上認めることができない(このような経済的価値が皆無に等しい身回り品や火葬費用等に支払われるべき僅かな所持金は、同法八九七条所定の祭祀供用物の承継ないしこれに準ずるものとして慣習によって処理すれば足りるものであるから、これをもって、財産相続の帰趨を決すべきものではない)。のみならず、抗告人らは右所持金に自己の所持金を加えた金員をもって、前示のとおり遺族として当然なすべき被相続人の火葬費用ならびに治療費残額の支払に充てたのは、人倫と道義上必然の行為であり、公平ないし信義則上やむを得ない事情に由来するものであって、これをもって、相続人が相続財産の存在を知ったとか、債務承継の意思を明確に表明したものとはいえないし、民法九二一条一号所定の「相続財産の一部を処分した」場合に該るものともいえないのであって、右のような事実によって抗告人が相続の単純承認をしたものと擬制することはできない。」

行方不明であった被相続人の着衣や財布、所持金について警察から引渡しを受けたことや、この所持金を被相続人の火葬費用や治療費の支払いに充てたことが「処分」に当たるかが問題となりました。

これについては、着衣や財布の経済的価値がほぼ無く、所持金もわずかであったため、「処分」に当たらないと判断しています。

ただし、個別事案ごとの判断となりますので、類似の事案でも相続放棄が認められない可能性がある点は注意が必要です。

事例④ 故人の預金から葬儀費用を支出したケース

故人の預金から葬儀費用を支出したケースです。大阪高等裁判所平成14年7月3日決定を元にした事案です。裁判所の判断は次のとおりです。

「葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。 したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。」

被相続人の預金を解約して、葬儀費用に充てたことが「処分」に当たるかが問題となりました。

これについては、葬儀は社会的儀式として必要性が高く、その時期も予想できないため、被相続人の預金から葬儀費用を支出しても「処分」には当たらないと判断しています。

ただし、個別具体的な状況に応じた葬儀の金額によっては、相続放棄が認められない可能性もある点は注意が必要です。

まとめ:遺産を受領・使用しても相続放棄できることもある

ゴミの廃棄などは原則として相続放棄できる

裁判例を検討すると、財産の「処分」に当たらず相続放棄できるのは、処分した財産の価値がほぼない場合です。

たとえば、遺品整理にあたって明らかなゴミや腐ってしまう食料品などは捨てても「処分」に当たる可能性は低く、原則として相続放棄できるでしょう。

故人の遺産からの葬儀費用の支出は慎重に判断すべき

慎重に検討すべきなのは故人の葬儀費用です。

故人の葬儀に関連する支出として社会一般的に必要で不相当に高額でない場合、財産の「処分」に当たらず相続放棄ができるという裁判例もあります。

ただし、葬儀費用は一般的に高額になることから、財産の「処分」に当たり相続放棄できないという判断も十分ありえます。

そのため、遺産から葬儀費用を支出したいと考える場合には、専門家に事前に相談することをおすすめします。

なお、遺産から葬儀費用を支出する際には、預金から引き出す金額は葬儀費用の支払いに必要な範囲にとどめ、費用の記載のある契約書類や領収証を保管しておく必要があります。

事前に専門家への相談が望ましい

裁判所は「その処分をすることが遺産を引き受ける=相続を承認する意思を示すことといえるか否か」という視点で判断していると考えられます。

実際に、被相続人のすべての衣類を持ち去ったことについては単純承認を認めた裁判例もあります(東京地方裁判所平成12年3月21日)。すべての衣類を持ち去ることなどは、さすがに遺産を引き受ける意思を示しているというべきでしょう。

迷った際には、慌てずに事前に専門家の弁護士にご相談ください。

(監修者:弁護士 杉山賢伸)